糞便検査は、地味に見えて情報量の多い検査です。下痢が続く子で原因を探すときはもちろん、症状のない健康診断でも、思いがけず寄生虫が見つかることがあります。人にうつる種類もあるため、ご家族の健康にも関わる検査です。
一方で、「検便をしたけれど何も出ませんでした」という言葉は、実はいくつもの意味を含んでいます。どの方法で調べたのかによって、その一言が指す範囲がまったく違うからです。このページでは、当院で行える4つの便検査について、それぞれ何が分かって、何は分からないのかを整理します。
01
糞便検査で分かること
寄生虫の卵・原虫
回虫・鉤虫・鞭虫・条虫(サナダムシ)などの虫卵や、コクシジウム・ジアルジアといった原虫を探します。下痢の原因としてよくあり、駆虫薬で対応できるものがほとんどです。
消化の状態
未消化の脂肪やでんぷんが多く残っていないかを見ます。消化・吸収がうまくいっているかの手がかりになります。
炎症・出血のサイン
粘液・血液・白血球の有無を確認します。大腸の炎症では、粘液と鮮やかな血が混じることがよくあります。
感染症の病原体
症状によっては、パルボウイルスなどの抗原を調べる検査キットや、遺伝子検査(PCR)を併用します。急を要する感染かどうかを見極めるためです。
02
当院でできる4つの便検査
当院の便検査は、院内で顕微鏡を使って行うもの(直接法・浮遊法)と、外部の検査センター(アイデックス ラボラトリーズ)に委託するもの(Fecal Dx抗原検査・下痢パネル)に分かれます。この4つは、見ているものがそれぞれ違います。虫卵そのものを見るのか、虫が出す抗原を見るのか、病原体の遺伝子を見るのか——見ているものが違うということは、分かることも、分からないことも違うということです。
| 検査 | 何を見ているか | 得意なこと | 結果まで |
|---|---|---|---|
| 直接法(院内) | 便そのものを顕微鏡で | 動いている原虫、便全体の性状 | 20分ほど |
| 浮遊法(院内) | 浮かせて集めた虫卵・オーシスト | 回虫・鉤虫・鞭虫・コクシジウム | 20分ほど |
| Fecal Dx抗原検査(委託) | 虫が出す抗原(ELISA法) | 卵が出ていない時期の寄生虫 | 1〜3日 |
| 下痢パネル(委託) | 病原体の遺伝子(PCR) | ウイルス・細菌・原虫 | 1〜4日 |
外部委託の検査は、上記のほかに検体を送る日数が加わります。
① 直接法 ― 便をそのまま見る(院内)
便をごく少量スライドガラスにのせ、生理食塩水と混ぜてそのまま顕微鏡で観察します。当院で最初に行う、いちばん素朴な検査です。次の浮遊法と合わせて、20分ほどで結果をご説明できます。
分かること:ジアルジアやトリコモナスなど、動いている原虫の姿。虫卵。便の中の細菌のバランス。未消化の脂肪やでんぷん。粘液・血液・白血球。下痢の便では、この「動き」が決め手になることがあります。
分からないこと:見ているのは便のごく一部です。虫卵の数が少なければ、いても写りません。この検査の陰性は「いない」ではなく「見えなかった」です。また便が冷えると原虫は動きを止めるため、時間が経った便では見つけにくくなります。
② 浮遊法(集卵法) ― 虫卵を浮かせて集める(院内)
比重の高い液に便を溶かし、軽い虫卵やオーシストを表面に浮かせて集めてから観察します。便を薄く広げて探すよりも、少ない虫卵を見つけやすくなります。当院では飽和食塩水を使い、院内の検便として直接法と組み合わせて行っています。
分かること:回虫・鉤虫・鞭虫の虫卵、コクシジウム(シストイソスポラ)のオーシストなど。直接法と合わせて、20分ほどで結果をご説明できます。
分からないこと:この検査は「卵」を探しています。そのため、次のような場合は感染していても陰性になります。
- 卵をまだ出していない時期(プレパテント・ピリオド)に検査した
- オスだけが寄生しているなど、産卵が起きていない
- 卵の排出が途切れがちなタイミングに当たった
もうひとつ、浮遊液の種類による得手不得手があります。当院が使う飽和食塩水は虫卵やオーシストを浮かせるのに適していますが、塩分濃度が高いためジアルジアのシストは変形してしまい、見分けにくくなります。ジアルジアを疑うときは、動いている虫体が見える直接法、抗原検査、遺伝子検査(PCR)のいずれかで確かめます。
プレパテント・ピリオドは寄生虫ごとに決まっていて、決して短くありません。
| 寄生虫 | 感染から卵(片節)が出るまで |
|---|---|
| シストイソスポラ(コクシジウム) | 4〜13日 |
| 鉤虫 | 14〜21日(成犬) |
| 瓜実条虫 | 14〜35日 |
| 回虫 | 21〜35日(成犬) |
| 鞭虫 | 74〜90日(成犬) |
鞭虫では2〜3か月あります。この間、症状が出ていても顕微鏡には何も写りません。また条虫は片節ごと排出されるため便の中で偏りやすく、浮遊法では拾いにくい寄生虫です。ウイルスや細菌は、そもそも顕微鏡で判別できません。
③ Fecal Dx抗原検査 ― 虫が出している抗原を捉える(外部委託)
アイデックス社の糞便内抗原スクリーニングパネルです。卵ではなく、虫体そのものが出す抗原をELISA法で検出します。卵が出ていない時期でも寄生を捉えられるのが、浮遊法との決定的な違いです。
分かること:鉤虫・回虫・鞭虫・瓜実条虫・テニア科条虫・シストイソスポラの6種類について、抗原の有無を寄生虫ごとに報告します。症状がある子では、ここにジアルジア抗原を加えた構成を選ぶことがあります。アイデックス社は、遠心浮遊法単独と比べて最大5倍の検出率としています。プレパテント・ピリオドでも、単性寄生でも、間欠的にしか卵を出していなくても、抗原は検出できます。
分からないこと:調べているのは上記の6種類(+ジアルジア)だけです。ウイルス性・細菌性の腸炎、クリプトスポリジウム、トリコモナスは、この検査では分かりません。また抗原量が検出限界を下回れば陰性になります。逆に、ほかの動物の便を食べた(食糞)場合には、通過しただけの虫卵が顕微鏡で見つかるのに抗原は陰性、ということも起こります。粘液便では検査が成立しないことがあります。
④ 下痢パネル(RealPCR) ― 病原体の遺伝子を一度に調べる(外部委託)
顕微鏡でも抗原検査でも捉えられない病原体を、遺伝子(DNA・RNA)で検出する検査です。下痢の原因となる病原体を犬10項目・猫10項目まとめて調べます。
| 調べる病原体 | |
|---|---|
| 犬(10項目) | クリプトスポリジウム/ジアルジア/犬パルボウイルス2型/犬ジステンパーウイルス/ウェルシュ菌α毒素/クロストリジオイデス・ディフィシル毒素A&B/カンピロバクター・ジェジュニ/カンピロバクター・コリ/サルモネラ/犬腸コロナウイルス |
| 猫(10項目) | ジアルジア/クリプトスポリジウム/猫トリコモナス(Tritrichomonas foetus)/猫汎白血球減少症ウイルス/ウェルシュ菌α毒素/サルモネラ/猫コロナウイルス/トキソプラズマ/カンピロバクター・ジェジュニ/カンピロバクター・コリ |
分かること:ウイルス性腸炎、細菌性腸炎、そして顕微鏡では見つけにくい原虫を、一度の検体でまとめて調べられます。慢性の大腸性下痢が続く猫のトリコモナスのように、この検査でなければ現実的に診断が難しいものもあります。
分からないこと:回虫・鉤虫・鞭虫・条虫といった「虫」は、このパネルには入っていません。そちらは浮遊法とFecal Dx抗原検査の担当です。下痢パネルだけを受けても、寄生虫の検便にはなりません。
そして、この検査でいちばん大切なのは、陽性=原因とは限らないということです。
- カンピロバクターやクロストリジオイデス・ディフィシルは、健康な犬猫が持っていることがあります。 検出されても、それが下痢を起こしているとは限りません
- 犬の腸コロナウイルスは、検出されても有意でない可能性があります。 ほかの原因を探す手を止める理由にはなりません
- 生ワクチンの接種後1か月ほどは、パルボウイルス・ジステンパーウイルス・猫汎白血球減少症ウイルスがワクチン由来で陽性になることがあります。 接種歴を必ず確認します
- 猫コロナウイルスは、健康な猫の多くが持っています。 陽性であることと猫伝染性腹膜炎(FIP)であることは、まったく別の話です
だからこの検査は、「陽性が出たら治療する」ためではなく、症状・年齢・経過・ほかの検査所見と突き合わせて読むために使います。結果の紙を一緒に見ながら、どの項目をどう解釈したのかをご説明します。
一覧にすると
| 調べたいもの | 直接法 | 浮遊法 | Fecal Dx | 下痢パネル |
|---|---|---|---|---|
| 回虫・鉤虫・鞭虫 | △(卵が多ければ) | ◯(卵が出ていれば) | ◯(卵が出ていなくても) | — |
| 条虫(瓜実条虫・テニア科) | △ | △(拾いにくい) | ◯ | — |
| コクシジウム(シストイソスポラ) | △ | ◯ | ◯ | — |
| ジアルジア | △(動きが見えれば) | △(飽和食塩水では変形する) | ◯(抗原を追加したとき) | ◯ |
| クリプトスポリジウム | — | △(見分けが難しい) | — | ◯ |
| トリコモナス(猫) | △(動きが見えれば) | — | — | ◯ |
| パルボなどのウイルス | — | — | — | ◯(院内キットも併用) |
| サルモネラ・カンピロバクターなど | — | — | — | ◯ |
| 消化の状態・粘液・血液 | ◯ | — | — | — |
03
どの検査から始めるかは、症状と年齢で決まります
すべてを毎回行うわけではありません。当院では、次のように考えています。
まず
院内の顕微鏡検査(直接法+浮遊法)
症状の有無にかかわらず、便をお持ちいただいたらまずここから始めます。その場で分かることは、その場でお伝えしたいからです。
子犬・子猫は一度
Fecal Dx抗原検査
当院では、子犬・子猫の時期に一度はこの検査を受けていただくことをお勧めしています。母親からうつった寄生虫は、まだ卵を出していない時期でもこの検査なら捉えられるからです。成犬・成猫でも、症状があるのに顕微鏡では何も出ないときに追加します。
反応が乏しいとき
下痢パネル(PCR)
急性の下痢に対して一般的な治療を行っても反応が乏しいときに、実施を検討します。ウイルス・細菌・原虫をまとめて調べる検査です。子犬・子猫の重い下痢や、多頭飼育で広がっているときは、早い段階で行うこともあります。
それでも原因が見えないとき
血液検査・超音波検査・内視鏡へ
下痢の原因は消化管の中だけにあるとは限りません。食事、炎症性腸疾患、膵臓・肝臓の病気、内分泌疾患、腫瘍——次に調べるべき場所へ進みます。
駆虫のあとに効果を確かめる場合は、駆虫薬の投与から10〜14日後に抗原検査と浮遊法を行うのが目安です。
04
便の採り方 ― ご家庭での準備
ステップ1:できるだけ新しい便を採ります
理想は当日の朝の便です。時間が経つと虫卵が変形したり、原虫が動かなくなったりして、見つけにくくなります。
ステップ2:親指の先ほどの量で十分です
1〜2cm角(1〜2g)ほどあれば、院内検査も外部委託の検査もまかなえます。下痢のときは、いちばん状態の悪い部分を少量お持ちください。
ステップ3:乾かさないように包みます
ラップや密閉できる容器に入れてお持ちください。ティッシュに包むと水分が吸われて乾いてしまいます。土や砂、猫砂が付かないよう、地面に触れていない部分を採るのが理想です。
ステップ4:すぐに来院できないときは冷蔵庫で
常温で置くと、便の中の細菌が増えて実際とは違う所見になります。冷蔵庫で保管し、当日中にお持ちください。
外部委託の検査をご希望の場合は、当院から専用の容器をお渡しできます。あらかじめお電話でご相談ください。
05
人にもうつる寄生虫について
犬や猫の寄生虫の中には、人にも感染するものがあります。過度に心配する必要はありませんが、知っておくと予防ができます。
| 寄生虫・病原体 | 人への関わり |
|---|---|
| 犬回虫・猫回虫 | 卵を誤って口にすると、幼虫が体内を移動して症状を起こすこと(トキソカラ症)があります。小さなお子さんでとくに注意が必要です |
| 鉤虫 | 幼虫が皮膚から侵入し、皮膚炎を起こすことがあります |
| ジアルジア | 人にも下痢を起こす原虫です |
| クリプトスポリジウム | 人にも下痢を起こします。免疫が下がっている方では重くなることがあります |
| サルモネラ・カンピロバクター | 人の食中毒の原因菌です。便に触れた手からうつります |
| 条虫(瓜実条虫) | ノミを介して感染します。ノミの予防が、そのまま予防になります |
子犬・子猫は、母親から寄生虫を受け継いでいることがよくあります。当院では、お迎え直後の健康チェックで検便をおすすめし、必要に応じて計画的な駆虫を行っています。詳しくは子犬・子猫を迎えた方へをご覧ください。
06
結果の見かた ― 検便で気をつけたいこと
「虫卵が見つからなかった」ことは、「寄生虫がいない」ことと同じではありません。前述のとおり、卵の出方には波があり、検査ごとに調べている範囲も違うためです。逆に、虫卵が見つかっても、症状がまったくない子もいます。その場合も、ご家族への感染を防ぐ意味で駆虫をおすすめすることがあります。
遺伝子検査(PCR)では、健康な子でも持っている菌が検出されることがあります。陽性の項目が並んだ紙を見ると不安になりますが、大切なのは「何が出たか」ではなく「その子の症状を説明できるか」です。当院では結果をそのままお渡しするのではなく、どの項目をどう読んだのか、次に何をするのかまでご説明します。
下痢が続くのに検便で異常が出ないときは、寄生虫以外の原因——食事、炎症性の腸疾患、膵臓や肝臓の病気、腫瘍など——を考え、血液検査や超音波検査へ進みます。便の検査は、消化器の診療の入り口であって、終点ではありません。
07
さらに詳しく知りたい方へ(参考リンク)
より深く知りたい方のために、信頼できる情報源をご紹介します。外部サイトへ移動します。気になる点は、遠慮なく担当獣医師におたずねください。
- 消化管内の寄生虫の有無を調べる便検査/IDEXX — 検便で調べる寄生虫の種類と、検査方法・採便のしかたの解説。
- Fecal Dx抗原検査/IDEXX Japan — 当院が外部委託している抗原検査の提供元による説明。検出対象と、浮遊法との違いについて。
- トキソカラ症(幼虫移行症)/東京都獣医師会「人と動物の共通感染症ガイダンス」 — 犬回虫・猫回虫が人に感染したときの病態と予防について、獣医師会がまとめた解説。
- ジアルジア症/国立健康危機管理研究機構 感染症情報提供サイト — 人のジアルジア症について、公的機関による解説。
- CAPC Guidelines(英語)/Companion Animal Parasite Council — 犬猫の寄生虫対策について、検査頻度や駆虫の考え方を示した国際的なガイドライン。

