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病気の概要
心原性肺水腫(しんげんせいはいすいしゅ)は、心臓の病気が進んだ結果、肺の中に血液の水分がしみ出してたまり、酸素を取り込めなくなる状態です。心臓病が「心不全」の段階に入ったことを示す、もっとも代表的なできごとでもあります。
肺の奥には、肺胞(はいほう)という無数の小さな袋があり、ごく薄い膜をはさんで毛細血管と接しています。ここで酸素と二酸化炭素を交換しています。この袋が水で満たされてしまえば、どれだけ息をしても酸素は血液に入りません。呼吸が速く浅くなり、やがて呼吸困難におちいります。
心原性肺水腫は、多くの場合、夜間から明け方にかけて始まります。日中は元気だった子が、夜中に急に落ち着かなくなり、ハアハアと速い呼吸を始める——飼い主さんが経験されるのは、たいていこの形です。心臓病と診断されている子にとって、これがもっとも警戒すべき急変です。
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何が起きているのか
肺の血管の中と外では、水を押し出す力(血圧)と引き止める力(血液中のタンパク質)が釣り合っています。心臓の左側の働きが落ちると、この釣り合いが崩れます。
STEP 1
左心房の圧が上がる
僧帽弁の逆流や、厚く硬くなった心筋のせいで、左心房に血液がたまり、内部の圧が高まります。心臓の「出口」が渋滞した状態です。
STEP 2
肺の血管がうっ血する
左心房の圧の上昇は、そのまま肺静脈・肺の毛細血管へ伝わります。血管の中の圧が高まり、水分が押し出されやすくなります。
STEP 3
肺のリンパの排水能力を超える
しみ出した水は、まずリンパ管が汲み出します。ここが代償の効く時期で、犬・猫はしばらく症状を出しません。排水が追いつかなくなった瞬間から、症状は一気に現れます。「昨日まで元気だったのに」の正体はここにあります。
STEP 4
肺胞に水があふれる
肺胞のまわり(間質)から、ついに肺胞の中へ水が入ります。ガス交換ができなくなり、呼吸数が増え、努力性の呼吸が始まります。
STEP 5
低酸素・呼吸不全
口を開けた呼吸、チアノーゼ(舌や歯ぐきが紫色)、ピンク色の泡状の分泌物。一刻を争う状態です。
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どんな心臓病から起きるのか
心原性肺水腫は、それ自体が独立した病気ではなく、背景にある心臓病の一場面です。原因となる病気を突き止めないと、治療は組み立てられません。
| 背景の病気 | 主な対象 | 特徴 |
|---|---|---|
| 僧帽弁閉鎖不全症(MMVD) | 小型犬・シニア | もっとも多い原因。心雑音を指摘されてから年単位で進行し、ACVIMステージCで肺水腫が起こる |
| 肥大型心筋症(HCM) | 猫 | 猫でもっとも多い心臓病。無症状のまま進み、肺水腫や胸水、動脈血栓塞栓症で気づかれることがある |
| 拡張型心筋症(DCM) | 大型犬 | 心筋の収縮力が落ちる。ドーベルマンなどに多く、突然死のリスクもある |
| 先天性心疾患 | 若齢 | 動脈管開存症・心室中隔欠損症など。左心系に負荷がかかるタイプで肺水腫を起こす |
| 全身性高血圧・輸液の過剰 | 犬・猫 | 腎臓病や甲状腺機能亢進症にともなう高血圧、点滴の量が多すぎた場合など |
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症状・サイン
早い段階では、次のような変化として現れます。ここで気づけるかどうかが、その後を大きく分けます。
- 眠っているときの呼吸が速い、浅い(もっとも早く現れるサイン)
- 咳が増えた、夜間や明け方に咳き込む
- 散歩を途中でいやがる、階段を上りたがらない、すぐ休む
- 落ち着きがなく、寝る場所を何度も変える、伏せずに座ったままでいる
- 食欲が落ちた、体重が減ってきた
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睡眠時呼吸数を数える ― もっとも役に立つ家庭の指標
心臓病の管理で、ご家庭にお願いしたいことがひとつだけあるとすれば、これです。眠っているときの呼吸数は、聴診器も検査機器もなしに、肺の水のたまり具合を映してくれます。
ステップ1:眠っているときを選ぶ
起きているときの呼吸数は、興奮・室温・においなどで簡単に変わります。数えるのは、静かに眠っているときです。パンティング(ハアハア)の最中は数えません。
ステップ2:胸やお腹の動きを見る
「上がって下がる」で1回と数えます。手を当てる必要はありません。動きが分かりにくければ、横から見るか、動画に撮って後から数えても構いません。
ステップ3:30秒数えて2倍する
30秒間の回数を2倍して、1分あたりの数にします。落ち着いて数えられるときは1分間そのまま数えてください。
ステップ4:毎日、同じくらいの時間に記録する
カレンダー・手帳・スマホのメモ、どれでも構いません。大切なのはその子のふだんの数値を知っておくことです。数日ぶんの記録を診察にお持ちください。
30回/分
安定しているときの目安(犬・猫とも、これ未満)
30〜40回/分
持続するなら、その日のうちにご連絡を
40回/分以上
夜間でも受診を。努力性なら緊急
心不全が薬でうまく管理できている犬・猫の睡眠時/安静時呼吸数は、1分あたり30回未満であることが研究で示されています(中央値はおおむね20回前後)。数値そのものより大切なのは変化で、その子のふだんの数値より2〜3割増えた状態が続いていれば、たとえ30回を下回っていてもご相談ください。
記録に役立つアプリ
My Pet's Heart2Heart(ベーリンガーインゲルハイム/無料・iOS・Android)を使うと、呼吸のたびに画面をタップするだけで呼吸数を自動でカウント・記録し、推移をグラフで確認できます。記録したデータを獣医師に共有する機能や、多頭飼いへの対応もあります。表示は英語ですが操作はシンプルです。使い方でご不明な点は、受診時にお気軽にご相談ください。
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診断・検査
診断の目的は2つあります。ひとつは「呼吸が苦しい原因が、本当に肺の水なのか」。もうひとつは「その水は、心臓が原因なのか」です。
胸部レントゲン検査
診断の中心です。心原性肺水腫では、心臓の拡大(とくに左心房)とともに、肺門部から広がる特徴的な影が見られます。犬と猫では出方が違い、猫ではまだらに散らばることもあります。重症度と治療の効き具合を追う基準にもなります。
心臓超音波検査(心エコー)
「心臓が原因かどうか」の決め手になります。左心房の大きさ、弁や心筋の状態、収縮力を評価します。ここで左心房が拡大していなければ、肺の水の原因は心臓以外を疑うことになります。
肺の超音波検査(Bライン)
胸に超音波を当て、肺に水がたまったときに現れる線状の像(Bライン)を探します。数秒〜数十秒で、体位を大きく変えずに行えるのが利点で、呼吸が苦しい子の初期評価と、治療への反応を追うのに役立ちます。
全身状態の評価
血中酸素の状態(パルスオキシメーター)、血圧、心電図、血液検査を状態に応じて行います。利尿薬を使う前後の腎機能と電解質の確認は、治療そのものと同じくらい重要です。
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治療 ― 急性期(発症したその日)
急性期の目標は、肺から水を引かせて、酸素が入る状態に戻すことです。刺激を最小限にしながら、次のことを並行して進めます。
酸素の投与
酸素室やフローバイ(近くから酸素を流す方法)で、不足した酸素を補います。マスクや保定を嫌がる子には、無理に当てません。落ち着ける環境をつくること自体が治療です。
利尿薬
肺にたまった水を尿として体外へ出します。フロセミドなどの注射から始め、呼吸数と状態を見ながら投与を重ねます。効き具合はその子によって大きく違うため、量は状態を見ながら決めます。
強心薬(ピモベンダン)
心臓の収縮を助け、血管を広げて心臓の負担を減らします。犬の僧帽弁閉鎖不全症による心不全では、治療の柱のひとつです。
不安と興奮を抑える
苦しさによる不安は呼吸をさらに速くし、酸素の消費を増やします。必要に応じて鎮静を用い、体力の消耗を抑えます。
状態によっては、血管を広げる薬の点滴、胸水がたまっていれば針で抜く処置、それでも酸素が保てない場合には人工呼吸器による管理を検討します。
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治療 ― 退院後の生涯管理
肺水腫が引いたあとが、本当の管理の始まりです。心臓病そのものは治っていないため、次の一回を起こさせないことが目標になります。
お薬
犬の心不全では、利尿薬・ピモベンダン・ACE阻害薬・抗アルドステロン薬(スピロノラクトン)を組み合わせるのが標準的な考え方です。猫では原因や状態によって組み立てが変わり、血栓を予防する薬を併用することがあります。
通院と検査
投薬の開始・変更のあとは、腎機能と電解質を血液検査で確認します。その後も、状態が安定していれば数か月ごと、変化があればその都度、レントゲンや心エコーで経過を追います。ご家庭の呼吸数の記録は、この判断の重要な材料になります。
暮らしのなかで
- 食事:極端な塩分制限より、食べ続けられることを優先します。心臓病が進むと食欲が落ち、筋肉が痩せていく(心臓悪液質)ことがあり、体重と体つきの変化は毎回確認します。おやつ・ジャーキー・人の食べ物は塩分が多いため、量をご相談ください。
- 運動:無理をさせない範囲で、ふだんどおりに。極端に閉じ込める必要はありませんが、興奮する激しい遊びや、暑い時間帯の散歩は避けます。
- 暑さ:夏の室温管理は、心臓病の子にとって治療の一部です。エアコンをためらわないでください。
- 他の病気の治療:麻酔・手術・点滴が必要になったとき、心臓病があることは必ず担当者に共有してください。点滴の量ひとつが引き金になりえます。
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再発したとき、薬が効きにくくなったとき
同じ治療を続けていても、心臓病は少しずつ進みます。同じ量の利尿薬では水が引きにくくなる段階(ステージD・難治性心不全)に至ることがあります。
この段階では、利尿薬の増量や別系統の利尿薬への変更・追加、在宅での酸素の利用、通院間隔を詰めた調整などを検討します。同時に、その子がどれだけ穏やかに過ごせているかを判断の中心に置きます。何をどこまで行うかは、ご家族の生活も含めて、一緒に決めていくものだと考えています。
当院の診療時間終了後(夜間)に急変した場合は、下記の提携夜間救急病院へ直接ご連絡ください。 昼の休診時間や休診日の日中は、当院で対応できる場合がございますので、まずは当院まで一度ご連絡ください。
当院提携の夜間救急病院
TRVA 夜間救急動物医療センター
世田谷区深沢/20:00〜翌朝6:00
東京都世田谷区深沢8-19-12
夜間救急動物病院 目黒
目黒区碑文谷/20:00〜翌朝8:00
東京都目黒区碑文谷4-15-15 フジビル
※ 記載の対応時間・連絡先は変更される場合があります。受診前に各院の公式サイトで最新情報をご確認ください。
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予後
見通しは、背景にある心臓病・重症度・治療への反応によって大きく変わります。共通して言えるのは、肺水腫は「終わり」ではなく、管理の段階が変わったという知らせだということです。
- 犬の僧帽弁閉鎖不全症による心不全では、ピモベンダンを含む治療を行った群のほうが、心臓が原因の死・安楽死・治療の行き詰まりに至るまでの期間が長かったことが、260頭を対象とした国際的な臨床試験(QUEST study)で示されています。
- 猫の肥大型心筋症では、心不全の状態で来院した猫の生存期間の中央値が1年半ほどと報告された研究がありますが、幅は非常に大きく、数日から10年以上まで分かれます。
- どの病気でも、再発をくり返すほど管理は難しくなります。逆に言えば、再発を減らす工夫——投薬の継続と呼吸数の記録——が、そのまま時間を伸ばす手立てになります。
数字はあくまで集団の傾向で、目の前のその子の未来を決めるものではありません。当院は、見通しについても曖昧にせずお伝えしたうえで、その子とご家族が穏やかに過ごせる時間をできるだけ長くすることを目標にします。
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よくある誤解
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心臓以外が原因の肺水腫との違い
同じ「肺に水がたまる」でも、心臓が原因でない肺水腫(非心原性肺水腫)は、原因も治療もまったく異なります。利尿薬が主役にならず、原因を取り除くことが治療の中心になります。上気道の閉塞・感電・けいれん発作の後・重い全身の炎症などがきっかけになります。詳しくは非心原性肺水腫のページをご覧ください。
また、肺に炎症が起きる肺炎も、呼吸が速い・咳が出るという似たサインで気づかれます。どれなのかを見極めることが、治療の第一歩になります。
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さらに詳しく知りたい方へ(参考リンク)
より深く知りたい方のために、当院が診療の拠りどころとしている情報源をご紹介します。外部サイトへ移動し、専門的な内容や英語のページを含みます。気になる点は、遠慮なく担当獣医師におたずねください。
- 犬の僧帽弁閉鎖不全症の診断と治療に関するACVIMコンセンサスガイドライン(JVIM・2019年・獣医師向け・英語) — ステージ分類と、ステージC(心不全)の急性期・慢性期の治療方針を定めた国際的な指針。全文が無料で読めます。
- QUEST study:僧帽弁閉鎖不全症による心不全の犬におけるピモベンダンとベナゼプリルの比較(JVIM・2008年・獣医師向け・英語) — 予後の項で触れた国際的な臨床試験の原著論文。
- 犬の肺水腫/MSD獣医マニュアル・飼い主向け(英語) — 肺水腫の病態・症状・治療の全体像をやさしくまとめた解説。
- 心不全の犬・猫における睡眠時/安静時呼吸数(The Veterinary Journal・2016年・獣医師向け・英語) — 本文で示した「30回/分未満」の根拠となった研究。
- 猫の肥大型心筋症260例の生存期間(JAVMA・2002年・獣医師向け・英語) — 予後の項で触れた、心不全で来院した猫の生存期間(中央値563日)の出典。

