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病気の概要
腎臓や膀胱にも、腫瘍(できもの)ができることがあります。犬と猫では頻度こそ多くありませんが、なかでも犬の膀胱にできる「移行上皮癌(いこうじょうひがん)」——尿路上皮癌(TCC/UC:Transitional Cell Carcinoma/Urothelial Carcinoma)とも呼ばれます——は、泌尿器にできる腫瘍の代表です。
この病気でいちばん大切なのは、膀胱炎とよく似た症状で始まるという点です。血尿・頻尿・排尿のしづらさは、膀胱炎でも腫瘍でも起こります。だからこそ、症状だけで決めつけず、「治りにくい」「くり返す」ときにはきちんと腫瘍を調べることが、早期発見の分かれ道になります。
90%超
膀胱の腫瘍のうち移行上皮癌(TCC)が占める割合
80%
尿のBRAF検査で検出できる犬のTCCのおおよその割合
10〜20%
診断された時点ですでに転移がみられる割合
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膀胱の腫瘍 ― 移行上皮癌(TCC・尿路上皮癌)
膀胱にできる腫瘍のうち、9割以上を占めるのが移行上皮癌(尿路上皮癌・TCC/UC)です。膀胱の内側をおおう粘膜(移行上皮)から発生する悪性腫瘍で、犬の下部尿路にできる腫瘍としてもっとも多く報告されています。猫での発生はまれです。
できやすい場所 ―「膀胱三角部」
移行上皮癌は、膀胱三角部(ぼうこうさんかくぶ)という場所にできやすいことが知られています。ここは、左右の尿管(腎臓から尿を運ぶ管)の入り口と、尿道(尿を体外へ出す管)の出口が集まる、いわば膀胱の「出入口」にあたる部分です。
症状 ― 膀胱炎とそっくりです
移行上皮癌の症状は、次のように膀胱炎とほとんど見分けがつきません。
- 血尿(尿に血が混じる・尿の色がいつもと違う)
- 頻尿(トイレに何度も行く・少量ずつ何度も出す)
- 排尿のしづらさ・排尿時に痛がる・いきむ
- 進行すると、尿が出にくい・まったく出ない(尿路閉塞のサイン。緊急です)
膀胱の腫瘍は細菌感染を併発しやすく、抗菌薬でいったん症状がやわらぐことがあります。これが「膀胱炎が治った」と思い込む落とし穴になり、診断が遅れる大きな原因になります。
なりやすい犬・リスク
- 中〜高齢の犬に多く、雌でやや多い傾向があります。
- スコティッシュ・テリアは、とくに発症リスクが高い犬種として知られています。そのほかウエスト・ハイランド・ホワイト・テリア、シェットランド・シープドッグ、ビーグルなどでも多いと報告されています。
- 除草剤・殺虫剤への曝露や肥満がリスクを高めると報告されています。また、過去に一部の抗がん剤(シクロホスファミド)を使った場合にも関連が指摘されています。
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腎臓の腫瘍 ― 腎細胞癌・リンパ腫など
腎臓にできる腫瘍は膀胱よりさらに少なく、初期は無症状のことが多いため、健康診断の超音波検査などで偶然見つかることも少なくありません。進行すると、血尿・お腹のしこり・体重減少・食欲不振・元気消失などがみられます。
腎細胞癌(犬に多い原発性の腎腫瘍)
犬の腎臓に原発する悪性腫瘍のなかでもっとも多いタイプです。多くは片側の腎臓だけにできます。片側に限られ、転移がなければ、その腎臓を摘出する手術が治療の中心になります。
リンパ腫(とくに猫で重要)
猫の腎臓の腫瘍では、リンパ腫がもっとも多く報告されています。両側の腎臓が同時に大きくなることが多いのが特徴です。全身の病気の一部として腎臓にあらわれるため、手術ではなく化学療法が治療の中心になります。
腎芽腫(じんがしゅ/若齢に多い)
胎子期の組織に由来する腫瘍で、1歳未満など若い動物にみられることがあります。まれな腫瘍ですが、若い子のお腹のしこりや血尿の原因になることがあります。
転移性の腫瘍
腎臓は血流が豊富なため、ほかの臓器のがんが腎臓に転移してくることもあります。全身の評価が大切になります。
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見逃さないために ―「治らない膀胱炎」に潜むサイン
膀胱の移行上皮癌でもっとも大切なのは、犬の膀胱炎(細菌性膀胱炎)との見分けです。症状が同じで、抗菌薬で一時的に改善することもあるため、腫瘍が背景に隠れていても気づかれにくいのです。次のようなときは、腫瘍の可能性も考えて一度きちんと調べることをおすすめします。
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診断 ― 傷つけずに、安全な順番で調べます
腎臓・膀胱の腫瘍の診断では、「体を傷つけない検査から順に進める」ことがとても重要です。とくに膀胱の移行上皮癌には、診断の際に守るべき大切な原則があります。
具体的には、次のような検査を組み合わせて総合的に判断します。
腹部超音波検査(エコー)
診断の中心です。膀胱の壁の肥厚や腫瘤(しこり)、腎臓の腫大や内部構造、尿路の閉塞・水腎症の有無などを、体を傷つけずに評価します。腫瘍の位置(三角部かどうか)の確認にも役立ちます。
尿検査・尿細胞診
尿の中に混じった細胞を調べ、腫瘍細胞がないかを確認します。非侵襲的に行えますが、これだけで確定できないこともあり、ほかの検査と組み合わせます。
尿のBRAF遺伝子検査
犬の移行上皮癌の多くにみられるBRAF遺伝子の変異を、採取した尿から調べる非侵襲的な検査です。報告では犬のTCCの多くを検出でき、より詳しい追加検査と併用すると検出率がさらに高まります。針を刺さずに調べられる、心強い選択肢です。
組織を採る検査・CT(提携施設をご紹介)
確定診断のために組織が必要な場合は、播種のリスクが低い方法(尿道カテーテルを使った生検や膀胱鏡)を選びます。広がりや転移を詳しく調べるCTなど、高度な検査が必要なときは提携施設をご紹介します。
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治療 ― 進行をゆるやかに、快適な時間を長く
治療は腫瘍の種類・場所・広がり、そしてその子の状態に合わせて組み立てます。膀胱の移行上皮癌は完全に取りきることが難しいことが多く、「進行をゆるやかにし、つらさを減らして、良い時間をできるだけ長く保つ」ことを目標にした管理が中心になります。
NSAIDs(COX阻害薬・ピロキシカム等)
移行上皮癌では、痛み止めとして知られるNSAIDs(COX阻害薬)が、腫瘍そのものに対しても効果を示すことが知られています。ピロキシカムなどが用いられ、単独でも症状の緩和や延命が期待できる、治療の柱のひとつです。腎機能や胃腸への影響に注意しながら使います。
化学療法(抗がん剤)
NSAIDsと化学療法を組み合わせることで、より高い効果が期待できます。少量の飲み薬を続けるメトロノミック療法など、体への負担が少なく在宅で続けやすい方法も選択肢になります。腎リンパ腫では化学療法が中心的な治療になります。
外科手術
腎臓の腫瘍が片側に限られる場合は、その腎臓の摘出が有効なことがあります。膀胱の腫瘍は、三角部を避けた限られた場所にあれば部分的な切除を検討します。三角部にかかる場合は完全な切除が難しく、内科治療が中心になります。
尿路閉塞への処置・緩和ケア(提携施設をご紹介)
腫瘍で尿の通り道がふさがれたときは、ステント(管を通して道を確保する処置)などが必要になることがあり、高度な処置は提携施設と連携します。あわせて、痛みや不快感をやわらげる緩和ケアで日々の快適さを支えます。
抗がん剤治療そのものの考え方(人との違い・副作用・ご家庭での注意)については、化学療法の総論ページで詳しく解説しています。
化学療法(抗がん剤治療)の総論を読む07
予後と、当院の関わり方
膀胱の移行上皮癌は、残念ながら根治が難しいことが多い腫瘍です。それでも、NSAIDsや化学療法による管理で、多くの子が良い生活の質を保ちながら過ごせることが報告されています。生存期間には個体差が大きく、腫瘍の場所や治療への反応によっても変わります。腎臓の腫瘍でも、片側に限られる腎細胞癌の摘出や、腎リンパ腫の化学療法など、種類によっては良い経過が期待できる場面があります。
「膀胱炎だと思っていたら腫瘍だった」という経過は、決して珍しくありません。気になるサインを見過ごさず、必要なときにきちんと調べること——それが、選択肢を狭めないための第一歩です。その子とご家族が幸せに過ごせることを目標に、これからの道を一緒に考えます。腫瘍全般の診療体制については、腫瘍科のページもあわせてご覧ください。
腫瘍科の詳しいご案内を見る08
さらに詳しく知りたい方へ(参考リンク)
より深く知りたい方のために、当院が診療の拠りどころとしている信頼できる情報源をご紹介します。外部サイトへ移動し、専門的な内容や英語のページを含みます。気になる点は、遠慮なく担当獣医師におたずねください。
- 犬と猫の泌尿器の腫瘍/MSD獣医マニュアル・獣医師向け(英語) — 膀胱の移行上皮癌の好発部位・診断・COX阻害薬や化学療法による治療、腎細胞癌・腎リンパ腫・腎芽腫までを専門的に解説した一次情報。
- CADET BRAF/BRAF-PLUS 尿検査の解説/Antech Diagnostics(英語) — 犬の移行上皮癌に多いBRAF変異を尿から調べる、非侵襲的な検査の解説。
- 犬の移行上皮癌の治療成績(84頭の後ろ向き研究)/Frontiers in Veterinary Science・2025年・査読論文(英語) — 腫瘍の場所や治療法による生存期間の違いを調べた最新の査読論文。

