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病気の概要
進行性網膜萎縮(Progressive Retinal Atrophy:PRA)は、目の奥で光をとらえる網膜——カメラでいえばフィルムやセンサーにあたる部分——が、少しずつ変性していく病気の総称です。多くは遺伝性で、痛みを伴わずに両目が同時に、左右対称に進みます。
網膜には、暗い所ではたらく「杆体(かんたい)」と、明るい所で色や細部を見る「錐体(すいたい)」という2種類の光受容細胞があります。多くのPRAでは杆体が先に弱るため、まず夜間・薄暗い場所での見えにくさ(夜盲)から始まり、やがて錐体も障害されて昼間も見えにくくなり、最終的に視力を失っていきます。
両眼性
左右の目が同時に、少しずつ進行する(痛みは伴わない)
夜→昼
多くは夜の見えにくさから始まり、やがて昼も見えにくくなる
遺伝性
犬・猫ともに多くは遺伝性。繁殖前に遺伝子検査で判別できる型がある
犬でも猫でも起こり、いくつもの原因遺伝子が知られています。「診察室の延長としてのウェブサイト」として、このページではなぜ起こるのか・どう気づくか・何ができるかを、来院前に予習していただける形で整理しました。
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なぜ起こるのか ― 遺伝と原因遺伝子
PRAの多くは常染色体劣性遺伝です。これは「両親がともに発症していなくても、保因(キャリア)どうしの組み合わせで、両方から変異を受け継いだ子が発症する」という遺伝の仕方です。オス・メスで発症率に差はありません。
重要なのは、PRAは1つの病気ではなく、原因遺伝子の異なる複数の病気の集まりだという点です。品種によって関わる遺伝子が違うため、遺伝子検査もその品種に合ったものを選ぶ必要があります。代表的なものを整理します。
| 主な原因遺伝子・型 | 主な犬種・猫種 | 特徴 |
|---|---|---|
| prcd(進行性杆体錐体変性) | トイ・プードル、ミニチュア・プードル、アメリカン/イングリッシュ・コッカー・スパニエル ほか多数 | もっとも多くの犬種で共通する型。中年齢で発症する遅発性。夜盲から進む。 |
| RPGRIP1(cord1/CRD4) | ミニチュア・ダックスフンド ほか | 不完全浸透(変異があっても発症時期・程度に幅がある)。 |
| CNGB1(PRA1) | パピヨン、ファレーヌ | パピヨン特異の型。平均5〜6歳ごろの遅発性。 |
| 遺伝性PRA(型は品種で要確認) | ウェルシュ・コーギー ほか | 遺伝性の網膜変性として報告される。原因遺伝子は個体・系統で異なりうる。 |
| AIPL1(pd-PRA) | ペルシャ、エキゾチック、ミヌエット(ペルシャ由来) | 猫の早発型。生後5週ごろから細胞が失われ、16週ごろには重度に。 |
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症状・気づき方
進行性網膜萎縮はゆっくり・両目そろって・痛みなく進むため、初期は見過ごされがちです。次のような様子は、視力が落ちてきているサインかもしれません。
視力低下がゆっくりのため、飼い主が気づく頃にはかなり進んでいることも珍しくありません。一方で、慣れた環境では上手に順応するため「見えていないこと」に気づきにくい面もあります。気になるサインがあれば、動画を撮っていただくと診察の助けになります。
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診断・検査
診断は「網膜そのものの状態を見ること」と「原因の遺伝子を調べること」の両面から進めます。
ステップ1:問診・見え方の確認
いつ・どんな場面で見えにくそうか(夜か昼か、片目か両目か、進み方)を伺います。ご家庭での様子は診断の大切な手がかりです。
ステップ2:眼底検査(眼科用の器械で網膜を観察)
網膜の血管が細くなる・反射が過剰になる・視神経円板が萎縮するといった、PRAに特徴的な変化がないかを確認します。あわせて白内障の有無も評価します。
ステップ3:網膜電図(ERG)などの精密検査
網膜の電気的な反応を調べ、機能がどの程度残っているかを客観的に評価します。専門的な機器・評価が必要な場合は、提携施設をご紹介します。
ステップ4:遺伝子検査(DNA検査)
犬種・猫種に応じた検査で、発症前でも変異の有無(正常/保因/発症リスク)を判別できます。繁殖を考える場合や早期把握に有用です。
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治療と管理の考え方
現時点で、変性した網膜を元に戻す根治的な治療はありません。抗酸化物質などのサプリメントが用いられることもありますが、進行を確実に止める効果は証明されていません。誠実にお伝えすると、PRAそのものを「治す」手段は、まだ手元にないのが現状です。
しかし、これは「何もできない」という意味ではありません。当院が大切にするのは、その子とご家族が幸せに過ごせることを目標に、生活の質を保つ支援を続けることです。
- 環境調整:見えにくさを補う暮らしの工夫(次のセクションで詳しく)
- 併発する白内障の管理:白内障が進むと緑内障などを起こすことがあり、状態に応じて対応します
- 定期的な評価:進行の程度を確認し、その時々に必要なケアを一緒に見直します
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ご家庭での環境調整 ― 見えにくくても安心して暮らすために
犬も猫も、嗅覚・聴覚・ひげ(触覚)を使い、慣れた環境では視力低下に驚くほど上手に順応します。次のような工夫が、その子の「安心」を支えます。
ステップ1:家具・食器・トイレの配置を変えない
見えなくても記憶で移動できます。模様替えや引っ越しの直後はとくに慎重に見守ってください。
ステップ2:ぶつかると危ない場所に対策を
机の角にはクッション材を、段差や階段には手前で分かる目印(マット・においの手がかり)を。落下の危険がある場所は柵で守ります。
ステップ3:触れる前に声をかける・足音で気づかせる
突然触られると驚いて防御的になることがあります。名前を呼んでから近づくと安心します。
ステップ4:散歩は慣れた道を、リードで安全に
自由に走らせるより、におい嗅ぎを楽しむ落ち着いた散歩に。知らない場所では特に注意します。
ステップ5:音・におい・感触で「合図」をつくる
食事やトイレの場所を、音の出るマットや香りで分かるようにすると、生活のリズムを保てます。
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遺伝子検査と繁殖の考え方
多くのPRAが常染色体劣性遺伝であることは、繁殖の前に発症を防げることを意味します。これは飼い主にとって前向きな情報です。
- 保因(キャリア)どうしを掛け合わせない:どちらか一方でも「正常」なら、発症する子は生まれません
- 発症前に判別できる:症状が出る前でも、DNA検査で正常/保因/発症リスクが分かります
- 品種に合った検査を選ぶ:原因遺伝子は品種で異なるため、その品種向けの検査を用います
すでに一緒に暮らしている子では、遺伝子検査は「これから何に気をつけ、いつ頃どう備えるか」を知る手がかりになります。DEPTHの一つ「T=Tenacious(選択肢を最大化する)」の考え方で、早く知ることで打てる手を増やす——それが当院の姿勢です。検査の要否や種類は、犬種・猫種とご家族の状況に合わせてご提案します。
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さらに詳しく知りたい方へ(参考リンク)
より深く知りたい方のために、当院が診療の拠りどころとしている信頼できる情報源をご紹介します。外部サイトへ移動し、専門的な内容や英語のページを含みます。気になる点は、遠慮なく担当獣医師におたずねください。
- 犬の網膜・脈絡膜・視神経円板の障害/MSD獣医マニュアル・飼い主向け(英語) — 夜盲から失明への進行・好発犬種・根治治療がないこと・DNA検査を整理。
- 進行性杆体錐体変性(PRA-prcd)/UC Davis 獣医遺伝学研究所(英語) — トイ・プードルなど多くの犬種に共通する型の遺伝と、OFA承認のDNA検査を解説。
- パピヨン・ファレーヌのPRA1(CNGB1変異)/PLOS ONE 査読論文(英語) — パピヨン特異の原因遺伝子を同定した一次研究。
- ペルシャ系の早発型PRA(PRA-pd/AIPL1)/UC Davis 獣医遺伝学研究所(英語) — 猫の早発型PRAの遺伝と検査を解説。

