01
病気の概要
前立腺(ぜんりつせん、prostate)は、雄の膀胱の出口を取り囲むように位置する副生殖腺で、精液の一部となる前立腺液を分泌します。この臓器は、精巣から出る男性ホルモン(テストステロンなどのアンドロゲン)の働きで発達・維持されるため、前立腺のトラブルはほとんどが去勢していない雄犬に起こります。猫での前立腺疾患は非常にまれです。
80%
加齢とともに前立腺肥大を生じる未去勢の雄犬の推定割合
最多
未去勢の雄犬で最も多い前立腺疾患は前立腺肥大(BPH)
まれ
猫での前立腺疾患。ほとんどが犬・雄の病気です
02
主な前立腺疾患
ひとくちに「前立腺の病気」といっても、性質も緊急度も大きく異なります。当院では、まずどのタイプかを見極めることを大切にしています。
① 前立腺肥大(BPH)|最も多い
加齢とともに前立腺が左右対称にゆっくり大きくなる、良性の変化です。未去勢の雄犬で最も多い前立腺疾患で、高齢になるほど頻度が上がります。多くは無症状ですが、血尿・尿道からの血様分泌、排便のしぶりなどで気づかれます。去勢で改善します。
② 細菌性前立腺炎|急性・慢性
細菌感染による炎症です。急性では発熱・強い痛み・元気消失など全身状態の悪化を伴い、緊急対応が必要です。慢性は症状が乏しく、再発する尿路感染として現れることがあります。多くは前立腺肥大を下地に起こります。
③ 前立腺膿瘍|膿がたまる
前立腺の中に膿がたまった状態です。細菌性前立腺炎が進行して生じることが多く、破裂すると腹膜炎や敗血症につながる危険があります。強い痛み・発熱を伴い、ドレナージや外科的な処置が必要になることがあります。
④ 前立腺腫瘍|悪性が中心
前立腺にできる腫瘍で、多くは前立腺癌(腺癌・移行上皮癌など)です。他の疾患と違い去勢では予防できず、去勢した犬にも発生します。進行が速く、診断時にすでに周囲や骨・リンパ節へ広がっていることが多い、予後の厳しい病気です。
03
症状・サイン
前立腺は膀胱の出口と直腸のあいだにあるため、大きくなったり炎症を起こすと、おしっこ・うんち・全身状態のそれぞれにサインが出ます。
04
診断・検査
前立腺の病気は、症状だけでは肥大なのか炎症なのか腫瘍なのかを見分けられません。大きさ・形・痛み・中身を複数の検査で組み合わせて評価します。
直腸検査(触診)
肛門から指を入れ、前立腺の大きさ・左右対称かどうか・表面のなめらかさ・痛みを確かめます。左右対称でなめらかなら肥大を、痛みが強ければ炎症を、でこぼこで硬ければ腫瘍を疑う——診断の出発点となる大切な検査です。
腹部超音波検査(エコー)
前立腺の内部構造を詳しく観察します。嚢胞・膿瘍の有無、腫瘍を疑う不整な構造などを評価でき、エコーで見ながら前立腺液や組織を採取することもできます。無麻酔・低侵襲で行えます。
尿検査・尿培養
血尿や細菌・炎症細胞の有無を確認します。細菌性前立腺炎では、原因菌を特定し有効な抗菌薬を選ぶために、尿培養(細菌の種類と薬の効きを調べる検査)がとくに重要になります。
前立腺液・細胞診/針生検
前立腺液や、細い針で採取した細胞・組織を顕微鏡で調べます。炎症か腫瘍かを見分ける決め手になる検査で、腫瘍が疑われる場合には確定診断のために欠かせません。
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治療
治療は病気のタイプによって大きく変わります。良性の疾患は去勢を軸に良くなることが多い一方、腫瘍は考え方が異なります。
前立腺肥大(BPH)
去勢手術が根本的な予防・治療です。精巣を取り除くとホルモンの供給が止まり、多くの場合、前立腺は数週間で縮小して症状が改善します。繁殖予定などで去勢を選ばない場合は、ホルモンに働く内科的な選択肢を検討することもあります。
細菌性前立腺炎
前立腺へ移行しやすい抗菌薬を、一般的な膀胱炎より長い期間用いるのが基本です。あわせて去勢を行うことで、下地となる肥大を改善し再発を防ぎます。急性で全身状態が悪いときは、入院での点滴・支持療法を行うこともあります。
前立腺膿瘍
抗菌薬に加え、たまった膿を出す処置(ドレナージ)や外科的な治療が必要になることがあります。破裂すれば命に関わるため、状態によっては入院・緊急対応を要します。ここでも再発予防のため去勢を併せて検討します。
前立腺腫瘍(前立腺癌)
根治の難しい病気で、痛みや排尿・排便のつらさをやわらげる緩和的な治療が中心になります。消炎鎮痛薬(NSAIDs)、放射線治療、化学療法などを組み合わせます。専門的な治療が必要な場合は提携施設をご紹介します。
06
去勢という予防
前立腺の病気の多くは、去勢していない雄犬に集中して起こります。裏を返せば、去勢は前立腺肥大をはじめとする良性疾患の、もっとも確実な予防手段のひとつです。当院は「選択肢を最大化する」という考えのもと、その子の年齢・生活・ご家族の考えをふまえて、去勢という選択を一緒に整理します。
A
未去勢のまま加齢する
精巣から出る男性ホルモンが前立腺を刺激し続け、多くの犬で前立腺が少しずつ大きくなっていきます(前立腺肥大)。
B
肥大が下地になる
大きくなった前立腺は、細菌性前立腺炎や前立腺膿瘍、嚢胞など、より重い病気の下地になりやすくなります。
C
去勢でホルモンを断つ
去勢によって男性ホルモンの供給が止まると、前立腺は縮小し、良性疾患のリスクが大きく下がります。
D
ただし腫瘍は別問題
前立腺腫瘍は去勢では予防できません。良性疾患の予防と腫瘍の早期発見は、分けて考える必要があります。
去勢は前立腺以外にも、精巣腫瘍や会陰ヘルニア、肛門周囲腺腫といった病気の予防にもつながります。一方で、体質や年齢によって考慮すべき点もあります。去勢そのものの一般的なご説明は、避妊・去勢手術のページにまとめていますので、あわせてご覧ください。迷われている方も、まずはご相談ください。
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さらに詳しく知りたい方へ(参考リンク)
より深く知りたい方のために、当院が診療の拠りどころとしている信頼できる情報源をご紹介します。外部サイトへ移動し、専門的な内容や英語のページを含みます。気になる点は、遠慮なく担当獣医師におたずねください。
- 犬と猫の前立腺疾患/MSD獣医マニュアル・獣医師向け(英語) — 前立腺肥大・前立腺炎・嚢胞・膿瘍・腫瘍の病態・診断・治療を体系的に解説した一次的な情報源。
- 犬の前立腺腫瘍/MSD獣医マニュアル・獣医師向け(英語) — 前立腺腫瘍が去勢では予防できないこと、診断時に転移が多く予後が厳しいことなどを詳しく解説。
- 犬と猫の前立腺病理の総説/Frontiers in Veterinary Science・2022年・査読論文(英語) — 前立腺肥大・前立腺炎・嚢胞・前立腺癌の分類と診断を包括的にまとめた査読付き総説。

