01
病気の概要
前庭疾患は、体の平衡感覚(バランス)をつかさどる「前庭」という仕組みが乱れることで、突然、斜頸(首をかしげる)・眼振(目が小刻みに揺れる)・ふらつき・倒れて転がるといった症状が現れる病気です。
見た目がとても激しいため「脳卒中では」「もうだめかも」とご家族を強く不安にさせますが、その多くは内耳のトラブルによるもので、とくに高齢の子に多い特発性前庭疾患は、数日〜数週で改善に向かうことがほとんどです。大切なのは、深刻な脳の病気と見分けることです。
突然
ある日いきなり発症するのが典型。前ぶれがないことも多い
2〜4週
特発性の多くはこの期間でほぼ回復(数日で改善し始める)
末梢性
原因の多くは内耳(末梢)。脳が原因の中枢性との鑑別が重要
02
前庭ってなに?
前庭は、頭や体の傾き・動きを感じ取り、「今、体がどんな向きにあるか」を脳に伝える平衡感覚のセンサーです。大きく2つの部分に分かれます。
- 末梢前庭(内耳):耳の奥にあるセンサー本体。前庭疾患の多くはここが原因
- 中枢前庭(脳幹・小脳):内耳からの情報を処理する脳の部分。ここが原因の場合は、より慎重な対応が必要
前庭のどこかにトラブルが起きると、脳が「体が傾いている」と誤って感じ、その結果として斜頸・眼振・ふらつきが起こります。
03
主な症状
これらは突然現れることが多く、ご家族を驚かせます。可能であれば、症状の様子をスマートフォンで動画に残しておいてください。眼振の向きや歩き方は、原因を見きわめる大切な手がかりになります。
04
末梢性と中枢性 ― この見分けが最も重要
前庭疾患の診療では、内耳が原因の末梢性か、脳が原因の中枢性かを見分けることが何より重要です。多くは経過の良い末梢性ですが、中枢性は原因によって対応と見通しが大きく変わるためです。
| 見るポイント | 末梢性(内耳)を示唆 | 中枢性(脳)を示唆 |
|---|---|---|
| 眼振の向き | 水平方向・回転性で、向きは一定 | 垂直方向、または体位で向きが変わる |
| 意識・元気 | はっきりしている | ぼんやりする・反応が鈍い |
| ほかの神経症状 | 基本的にない(顔面神経麻痺・ホルネル症候群を伴うことはある) | 手足のまひ・複数の脳神経の異常・よろけ以外の異常を伴う |
| 経過 | 数日で改善し始めることが多い | 原因により進行することがある |
05
原因
末梢性(内耳)の原因
- 特発性前庭疾患(原因不明・もっとも多い。高齢犬や猫に多い)
- 中耳炎・内耳炎(外耳炎から波及することも)
- 甲状腺機能低下症
- 耳に強い影響を与える薬(耳毒性)
- 猫の鼻咽頭ポリープ、腫瘍
中枢性(脳)の原因
- 脳の炎症(髄膜脳炎など)
- 脳腫瘍
- 血管の障害(脳梗塞・出血)
中枢性は末梢性より頻度は低いものの、原因を特定して対応することが重要です。
06
診断
ステップ1:問診・神経学的検査
いつ・どのように始まったか、耳の病気や薬の使用歴などを確認します。神経学的検査で眼振の向き・意識・ほかの神経症状を調べ、末梢性か中枢性かを見きわめます。ご家庭で撮った動画がここで役立ちます。
ステップ2:耳の検査・血液検査
中耳炎・内耳炎がないか耳の中を確認し、甲状腺機能低下症などの全身の病気を血液検査で調べます。
ステップ3:必要に応じて画像検査(MRI・CTなど)
中枢性が疑われる場合や、中耳・内耳の状態を詳しく見たい場合は、MRI・CTなどの精密検査を検討し、提携施設へご紹介します。
07
治療・家庭でのケア
特発性前庭疾患には原因を治す特別な薬はありませんが、多くは自然に回復に向かいます。治療の中心は、つらい症状をやわらげ、回復までの数日間を安全に支える支持療法です。中耳炎・甲状腺機能低下症など原因がはっきりしている場合は、その治療を行います。
- 吐き気・めまいをやわらげる:制吐薬などで、乗り物酔いのようなつらさを軽くします
- 脱水を防ぐ:食べられない・飲めないときは点滴で支えます
- 安全な環境づくり:段差・家具の角・滑る床を避け、倒れてもケガをしないように整えます
08
さらに詳しく知りたい方へ(参考リンク)
より深く知りたい方のために、当院が診療の拠りどころとしている信頼できる情報源をご紹介します。外部サイトへ移動し、専門的な内容や英語のページを含みます。気になる点は、遠慮なく担当獣医師におたずねください。
- 犬猫の特発性前庭症候群の定義・診断・治療(Frontiers in Veterinary Science・英語) — 特発性前庭疾患の最新の総説。定義・鑑別・経過を整理。
- 犬と猫の前庭疾患/Veterinary Partner(VIN・英語) — 飼い主向けに、症状・原因・家庭でのケアをわかりやすく解説。
- 犬の末梢前庭疾患の臨床像・MRI所見・転帰(査読論文・英語) — 末梢性前庭疾患の原因の内訳と経過を調べた研究。

